夏送り hypo-

目を覚ますと、いつもはどこかへいっているタオルケットにしっかりくるまっていた。カーテン越しに入ってくる光はまぶしいのに、久しぶりに空気がひんやりしている。
パジャマのままで窓を開くと、隣の空家の庭に子供たちが集まっていた。金属の腕のついた小さなロケットの発射台が、屋根の間の青空を指して、石垣の上にすえつけられている。
…夏送りだ、とわたしは思った。

「チトハさん」
子供のひとりがこちらに気がついて、手をふった。わたしもひらひらとふりかえした。やる気のない動作を勘違いしたのか、こちらに駆け寄ってくる。
パジャマではあんまりなので、あわてて床に脱ぎ捨ててあったカーディガンを羽織った。
「こんにちは!」
窓際にやってきた子供のあいさつは、小さい魚がはねているような元気さだ。
「…おはよう。…これから上げるの?」
「うん。今入れるとこ」
わたしは発射台の前に集まっている子供たちを見た。
まじめくさった顔をした子供が、握った手を胸からそっと離す。黄色の光がきらきらと光りながらあらわれた。
おー、と子供が小さく感嘆の声をあげるなかで、光は発射台の脇に置かれたガラスのシリンダーのなかに厳かに放り込まれた。
わたしは目をほそめて透かし見た。おぼろげに光の中に大きな花のかたちがちらちらゆれるのが見えた。
「ひまわりだね」
なんとなく口に出してしまった。
「見えるの?」
子供がすかさず乗り出す。
「…うん、まあ、分かりやすい形だし…」
わたしが口ごもっているのに、子供は目を輝かせると、手をぱっと開いた。
「じゃあ、ねえ、これわかる?」
手の中にあるのは、すこし褪せたような水色の光だ。たえまなく動いている、ゆらゆらとした光。
「んー…プール?」無難な予想を述べてみる。
「はずれ!」と言いながらも、子供はなぜかうれしそうだ。
「ね、公園にさ、水飲むやつがあるでしょ?あそこのね、しましまってしたところが、いるかのとこでこんなふうになるんだよ!知ってた?」
「知らない」…というか、分からない。
「そうなんだ、やっぱ、新発見だ!」
子供は光を大事そうに抱えて走っていく。わたしは近くの公園を思い浮かべる。水飲み場の…ああ、排水溝のことか。たぶん、排水溝の中の水が光を反射して、近くのいるかの遊具のあたりにあんな光を投げかけるのだ。あの子は夏じゅう、それを眺めていたのだろうか。
「チトハさーん!」
シリンダーの脇から、子供が声をはりあげる。
「なにか入れるものないですかー!」
「えっ?ないよ!」
わたしはドキッとする。ろくでもない夏の思い出がいろいろ心をよぎってしまう。
「えー?ちょうどあと一個くらい入るんだけど」
子供が不思議そうな顔をする。
「だめ、だめ!ない」
手でバツをつくる。
「ヒユが、見たいって!」
別の子供が声変わりしかけた声で叫ぶ。隣にいた子供が突然ぴょこっと飛び上がるほどびっくりして、その子供におどりかかった。叫んだほうの子供は地面に倒れながら大笑いしている。調子に乗った子供たちが見たい、見たい、と合唱をはじめた。
うろたえたわたしの頭の中を、いろいろな色が駆け巡る。ええと、ジョッキのビール、豚の角煮、アルティメットバーゲンのポスター、…ろくなのがない。
と、ぱっとあざやかに赤い花のイメージが浮かぶ。
なんだっけ、と考えて、それが一度しか着なかった水着の柄だと気がついた。
途端に、それにまつわる思い出が怒涛のように押し寄せ、わたしはあああ、と頭を抱えて窓枠に突っ伏した。と同時に、子供たちがうわー、と一斉に声をあげた。
「もーほっといてよー」
わたしは叫んで、頭上にうかんだ赤いビキニの幻をひっつかむと、発射台に据え付けられたシリンダーめがけて投げ込んだ。
赤い光は、あふれそうなたくさんの夏の光の真ん中に、きらきらと命中した。

一番年かさの子供と、一番幼い子供が、シリンダーをロケットにおさめる。昨日の夜の間に雨が降って、納屋に入れていたマッチがしけったらしく、何度かの失敗のあとに、やっと導火線に火がついた。
ちりちりと導火線が燃え尽き、ポン、と音を立てて、発射台からロケットが飛び出す。おおらかな、エネルギーを感じさせない飛び方で、しかしまっすぐ植木のてっぺんを超え、屋根の間を抜け、空に向かって、ロケットは白い尾を引いて飛んでいった。
子供たちも、わたしも、顔を力いっぱい空に向けて、きらきら光るそれが見えなくなるまで、ずっと見上げていた。
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