青い夏の終わりに 真堀橙子

 もうすぐ夏休みが終わる、夜の学校。
 暗い教室で、小さな懐中電灯のあかりを床に向けて、俺達は落ち着かない視線を交わし合う。
「ミホ、まだ?」
「ああ」
 短い会話だけで、集まった三人の間に共通の深い溜息が広がる。
“ケンタロウとリサには内緒で、7時に教室!”
 男三人は、そのメールに従った結果、暗い教室で額を寄せ合っていた。
 そもそも本来ならば夜8時、俺達の通っているこの学校の校舎で、忘れ物回収がメインの肝試しが行われる予定なのだ。
 俺たち三人と、ケンタロウとリサ、そしてメールの送り主のミホ。男4人に女2人というバランスの悪い集団ではあるが、幼馴染だったり知り合いの知り合いだったりの縁で、高校入学以来1年半に渡ってつるんでいる。
 部活中に忘れ物をしたケンタロウが、寂しいから一緒に学校に行ってくれと仲間に一斉にメールをしたのが発端。それならついでに夜行く事にして、肝試しもしちゃおう、夏だから、と言い出したのはミホ。
 そのミホが、6人のうち3人を、一時間も早く呼び出して、今に至る。
 じりじりと男三人、蒸し暑い教室の空気に耐えていると、ガラリと勢い良くドアが開いた。
「うぁ! 何、あんたら怖!」
 ミホが持っている懐中電灯の光がこちらに向けられ、目潰しを食らった状態になる。
「呼び出しといて遅れて来たくせに、それかよ」
「や、ごめんごめん! 制服にするかどうか迷ってさ!」
 ミホは、制服であるセーラーの夏服を着ていた。ミホは帰宅部なので、かれこれ1ヶ月は彼女の制服姿を見ていなかったことになる。休み中に一緒に遊んでいるときは私服だったので、妙に新鮮だ。
「で? なんで俺らだけ早く呼んだのか……はまぁなんとなくわかるけどさ」
「なーら話は早い! うん、あたしらでケンタロウとリサを脅かして、きゃーってさせて、そっから一気にラブで!」
 にひひ、と笑いながらミホは言う。
 臆病でお調子者だがたまに男らしい時もあるケンタロウと、大人しくて面倒見がよくてしっかりしているリサは、誰がどう見ても両思いなのだが、本人たちの性格が災いしてさっぱりくっつく気配がない。
 暗い学校で二人っきりにさせて、仲を進展させようというのがミホの目論見だろう。ふたりをくっつけたいというのは、俺達全員の総意のようなものだ、文句はない。
「はいはい。じゃ、あと1時間して二人が来たら、脅かしたりすればいいわけね」
 俺の言葉に、ミホが暗い中ぶんぶんと首を縦に振るのが見えた。
「……待ち合わせ早すぎだろ。俺、トイレ。……暗いし、ちょっとユウタついてきて」
 俺は、懐中電灯を持ったユウタにそう言って、座っていた机から降りる。
「トイレは怪談のメインスポットだもんねぇ」
 笑いながら言うミホを無視して俺が教室を出ると、ユウタは後ろを静かについてくる。
「マサテル、わざとだろ」
 廊下を5mほど進んでから、ようやくユウタが言った。
「まぁな」
 今教室に残っているジンとミホは、誰がどうみても両思い、二組目。
 お互い気づいてないようだが、はたから見ていればわかる。人の恋路を進展させるくらいなら、自分のをどうにかしろと、ホントはツッコミを入れたい。
「貧乏くじだな。マサテルだって、ミホが好きだろ」
 ユウタに言われて、かっと血が上る。
 暗すぎて顔色なんてわからないだろうに、俺が何も言えない事から察したのか、ユウタは手にした懐中電灯を慌てたように振る。
「や、多分皆は気づいてないよ、マサテルの気持ち」
「……そっか」
 俺はトイレには向かわず、そのまま昇降口へと続く階段を降りた。
「いいんだよ、両想い同士がくっついたほうが」
「お前がいいならいいけど。ま、ヤケラーメンなら付き合うぜ」
「おごらないぞ」
 ユウタが、むしろおごってやるよ、と言いながらばしんと背中を叩いてくる。
 夏服、薄いシャツの背中に、小気味良い痛みが花火のように散った。
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