シェルター まつ

まっくろな海を泳ぎ
カーテンの境界を潜り抜け
さん、に、いち、、、

vivid colorの、海へ溺れる


スキなもの
甘いモノ
カワイイもの
君のモノ

まっくろな海を押し流す
それは極彩のシェルター



君がここまで辿り着けるよう
溜め息を閉じ込めたキャンディを砕く
甘く鮮やかな音に乗って
はやくカーテンを揺らして

バスルームの対決 真堀橙子

「ちょっと、あんた誰よ?」
「あんたこそ、誰よ?」
 曇りガラスのはまったバスルームのガラス戸に、知らない女のシルエットが見える。
 鍵をしめただけじゃなんだか不安で、あたしはバスタブにうずくまった。
 ものすごく可愛いバスルーム。前来た時は、こんなじゃなかったのに。
「ああ、あ、あたしとカズはもう、3年付き合ってんだかんね! 別れないから!」
 やだな、声震える。
 仕事の昼休み、ちょっとでも会えるかと思って制服のまま急いで来てみたのに。部屋にいたのは、カズじゃなくて知らない女。カーっとなっちゃって思わずバスルームに逃げちゃったけど。
 どうしよ。シュラバって、初めてだから結構怖い。
 カズは、私がわがままを言っても隣でニコニコしててくれるような人で。まさか浮気するとは思わなかった。
 色とりどりに飾られた、絶対カズの趣味じゃないバスルームの真ん中で、あたしは目が回りそうだった。
「あ、なるほど」
 急にテンション低くなった女は、コンコン、と扉を叩いた。
「何がナルホドよ!」
「落ち着いてよ。イライラしてるんなら、そこのお菓子食べていいからさ」
 バスルームにお菓子? と思いつつ横を見る。歯磨きのコップに歯ブラシと一緒に、なぜか棒付きキャンディが刺さってた。
 ランチ食べずに来たから、確かにお腹減ってイライラしてる。もらえるものはもらっとこう。
「落ち着いた?」
「ちょっとだけ。で、あんたカズのなになわけ?」
「いもーと」
 言われてみれば、なーんだって結末。さっきまでキーってなってたのが恥ずかしくなってきて、あたしは黙ってキャンディを舐めた。
「兄貴、最近ファミリータイプのマンション引っ越してさ」
「はぁ? 引越し? 聞いてないんですけど!」
 キャンディに、がりっと歯が当たる。
「やっぱそっか。親に、大事な話があるとかも言ってたけど……聞いてない?」
「ぜんっぜん」
 はぁぁ、とドアの向こうでため息が聞こえる。
「だいじょぶ? 兄貴、突っ走ってる?」
 聞かれてる意味がよくわかんなくて黙ってると、妹ちゃんは言いにくそうな声出した。
「こないだ結婚式場のカタログ見てたし……結婚する気っぽいけど」
「誰と!?」
「いやだからあなたとでしょ」
 さっきまで浮気疑惑だったもんだから、あたしもだいぶ混乱してる。そっか。あたしと結婚。
「……全然きていない」
「やっぱし。昔っから兄貴、良かれと思ってサプライズ派だからなぁ」
「そーそー、毎年誕生日とかすごい」
 妹ちゃんが笑う声がして、あたしも笑う。
「大事な事なのになぁ。ね、考えなおした方がよくない? 兄貴やばくない?」
「もー慣れたし。男のロマンは立ててやるのがうまくやるコツだ、ってばーちゃん言ってたし」
「えー、あたし絶対やだなぁ。あんなウザいの」
「ウザいけど、あたしがイヤだと思うことはひとっつもしないんだよねカズ」
 ガリ、とキャンディをかじると半分くらい一気にかけて、慌てて頬張った口の中がいっぱいになった。
「ぇあ、いおうおいあうおあ」
「はぁ?」
 やっぱ通じないか。ガリガリとキャンディを砕いて半分飲み込んでから、もっかい言う。
「じゃ、妹になるのか」
 棒だけくわえたまま、バスルームのドアをあける。よく見るとちょっとだけカズに似た女の子が、向こうで笑ってた。
 こんな可愛くバスルームを飾る子なら、妹としてパーフェクトな気がする。むしろこっちの部屋住みたい。
「よろしくね、お姉ちゃん」
 笑い返した唇に挟まった棒が揺れる。
 姉と妹の変な初対面は、青りんごの香りがした。

アイリス、君にどうしても伝えたいことがあるんだ。 宍井智晶

 今僕が、君の前にいるのは、ただの奇跡じゃない。
 僕のあげた手袋をなくした君が、途方にくれていたからでも、
 舞い散る桜の花びらを透かした光が、君を包んで綺麗だからでもない。
 アイリス、君にどうしても伝えたいことがあるんだ。

 僕にはあまり時間がない。
 君に語りかけることも、もうすぐ出来なくなりそうだ。
 あの日、灰色の突風が吹いたように思えたあの日。
 先に手を離したのは、小さな君ではなくて、兄の僕の方だった。

 だからどうか、その笑顔のまま聞いていて。
 アイリス、君にどうしても伝えたいことがあるんだ。
 「君は必ず、幸せになれる。」
 それがただの奇跡ではないこと、僕は知っている。

マワタ

この世は苦痛に満ちている。あるいは慈悲に?

「パパ」
幼い娘の声がする。最初に覚えたのは「パ」の音だった。「パッ、パッ」と区切るように発音した。父を呼ぶ言葉だという認識はないようで、「パッ、パッ…パッ」と言い続けた。
 あれはどれくらい前のことだったろう。
 
 闇に沈んだ桟敷席。
 息をするのさえ憚られるほど張りつめた空気の中、井戸の底からひとつ、またひとつとあぶくが浮かび上がるような旋律。その単調な調べに魂を救われたと感じたのは私だけか。
 鳴り響く拍手、まばゆいカーテンコール。ブラボー。ブラボー。
悲劇の主人公を演じた役者は幕が下りれば化粧を落とす。だが私は?
 
 深夜一時。
週に一度のモーニングコール。
 おはよう、お寝坊さん。パパはこれから寝るところだよ。
 8時間向こうの我が家から、受話器は笑い転げる娘の声を伝える。
 おやすみなさい、パパ。
 もういくつ寝たら、君に逢えるかな。

 静謐。
 無。
 いつから迷い込んだのか、地図もない、目印もない、出口さえない隘路。
 この世は苦痛に満ちている。
 「パパ」
 娘の声が聴こえる。
 何もない闇に差した一筋の光のように、その声が私を導く。

 目が覚めると娘が泣きながら私を見下ろしていた。
 その口が何か伝えようと動いたが、何も聴こえない。
 現実には私の聴力は戻らなかったが、不思議なことに私を絶望の淵から連れ戻したのは、確かに娘の声だった。
 この世は慈悲に満ちている。
 パパはもう、君をおいてどこへも行かない。

Cosmic Girls 淀美佑子

「ぜんっぜんわかってない!」
彼女はぷんぷん怒っている。ファッション誌の特集に、大きく自分が掲載されたというのに、それが不愉快なんですって。
わたしは、すごいなって思うのに。
エレベータガールの彼女は、女の子の憧れの的だもの。

あ、ちなみにわたしはステーションガール。宇宙ステーションの職員だ。これも結構人気の職業なんだけど、宇宙エレベータのエレベータガールは格が違う。なんていうか、読者モデルとランウェイを歩くモデルくらい違う、花形の職業なのだ。

写真の彼女はエレベータガールの制服を着て、カプセルに押し込まれたようなポーズをしている。
「お仕事で疲れたら、癒しのひととき…ってコピーはともかく、なんでこの格好?」
このカプセル、最近売り出されて話題になっている宇宙仕様のスパマシーンで、ほんとうはすっぽんぽんで入るものなのだ。
「まあまあ、だってレベータガールの制服って可愛いから」
「しかも、スイーツは疲れを癒す必需品って、あたしこれぜんっぜん好きじゃないし!」
彼女が握らされているキャンディも、宇宙食で人気の製品だ。キャンディタイプの宇宙食って手軽だし、色々と発売されているんだけど、確かに独特の臭いというか、宇宙食共通のまずさみたいなものがある。でも、それはそれで癖になる駄菓子みたいなものなのだ。
「うーんと、きっと大人の事情が…」
とフォローしたところで、彼女の耳には入っていないようだ。
「おまけに、このインタビュー応えた覚えもないんだけど!?」
ええと、休暇がとれたらしたいことは、開発されたばかりのリゾートコロニーで羽を伸ばしたい…と。
「冗談じゃないわよ!地球の地元の温泉でひとっ風呂浴びたいわ!」
ふむふむ、夢を叶えた彼女は、さらなる宇宙に羽ばたいていく…と。
「わかってない。ぜんっぜんわかってないわね。宇宙の仕事をなめてるわね!」
そう言って彼女は、電子書籍の端末を中指でデコピンのようにはじいた。
「わかるけど、でも、わかるなー」
とわたしは小さく呟いた。

ステーションガールの仕事を始めてからよく思う。テクノロジーがいかに向上しようとも、人間の本質ってちっとも変わらない。つまり、いつまでも合理的にならないんだなあって。女の子の心理は特にそう。

可愛い制服で、流行りのスパマシーンに横たわり、新作スイーツをほおばる。これが、憧れの形を突き詰めた姿。
うん。不自然ではあるけれど、でも、やっぱりこの写真の彼女は可愛くて未来的で、素敵だなって思ってしまう。これを見て、女の子たちは夢に向かってがん ばろうって思う。その気持ちには、これが真実かどうかなんて関係ない。でも、そういうエネルギーが宇宙へ飛び出す力になる。わたしはそう思うのだ。

そして、イメージより古風で現実的な、宇宙エレベータガールの彼女は、大好きな自慢の友達。
わたしは彼女から端末を取り上げて、えへへと笑った。

蛍の光 hypo-

蛍の光って、どんな色?

…胸につけてもらった、紙の花。
下級生の声ばっかりが、大きかった校歌。
体育館の床から照り返す、やわらかなセピアの陽の光。
厳しかった教頭先生の、ほころぶみたいな微笑み。
後輩とかわした、照れくさい握手。

そんな顔しないのって笑ったきみの目から、ほろほろこぼれた涙の滴。

…卒業、おめでとう。また、会おうね。