ミルキーウェイ〜君への近道〜 淀美佑子

理想郷は、はるかかなた
遠ければ遠い方がいい。

じゃあどれくらい?
どれくらいの旅路を行けば
ぼくの望みはかなうのだろう。

海のむこうも、山のてっぺんも
もうみんなが探し回った。

海賊の探した エルドラドも
仙人の住む 桃源郷も
どこにもないことくらい
今はこどもだって知っている。

だからせめて、
ぼくが大人になるころには
月くらいまでは行けるといいな。

* * *

ぼくの望遠鏡は、小学校の入学祝いに買ってもらった。
お父さんはぼくのために、
マンションのベランダで望遠鏡を組み立ててくれた。
まだ1年生になったばかりのぼくには、けっこう扱いが難しくて
お父さんのほうが得意になって遊んでいたんだよな。

* * *

月を見ていると、どきどきする。
あの月面に着地したことのある、宇宙飛行士がいる。
月の土地だって、買うことができるらしい。

* * *

夏休みには、学校で仲良くなった友達も呼んで
一緒に天体観測をした。
とくに、あいつ。あいつは何度も遊びに来たな。
あいつんち、下町の一軒家だから
マンションの8階にあるベランダの高さに喜んでた。
あいつ、元気かな。
なんか、じいちゃんの具合がどうとかで
田舎に引っ越しちゃったんだけど。
星は、望遠鏡なしでも
こっちよりよく見えるんじゃないかな。

* * *

天の川を見ていると、そわそわする。
まだ誰も行ったことのない場所が
あまりにもたくさんあるってことに。

わかりきった情報があふれ
わからないこともうやむやにまぎれ
わかったような口振りで
みんなが知ったかぶり。
なにを言ってもやっても
どこかで誰かが先回りしている。
そんなちっぽけな、ぼくらの世界から
一刻も早く飛び出したくなる。

でもぼくが望遠鏡にかじりついていると
お母さんが言うんだ。
「男の子は、すぐに遠くに行きたがるのよね」
そして、大きくなったねと、ぼくの頭をなでる。

お母さんは今時珍しいくらい
出不精で、旅行にすら興味がない。
映画を見たり、美味しいものを食べるのが好き。
知らない場所に行くと疲れるから嫌なんだって。
ましてや、宇宙に行きたいなんて
思うはずもない。

だからぼくが、望遠鏡にかじりついていると
お母さんは言うんだ。

月や星は、遠いけれども
見ようとすれば誰からも見える。
けれど、あなたの隣にいてくれる人は誰か。
それはあなたにしか見つけられない。
望遠鏡をのぞいているとき
ときどき確認して。
わたしたちの家の、ベランダ。
わたしたちのいる場所。

お母さんの言うことは、
半分くらいわかるけど
半分くらいは、ぴんとこない。
ちょっと意味が違うのかもしれないけど
たぶん、
あいつと一緒に星を見れなくなって
でも、どこかで同じ星を見れる。
友達ってけっこう大事だよなって思った
そんなことと似たような話だよな?

* * *

でも、やっぱりぜんぜん違う話なのかも。
お母さんの見ている星空には、
未知との遭遇や理想郷の夢なんかない。
ふしぎなことを言っていた。

遠くにばかり理想郷を探すのが
楽しいんだってわかってる。
男の人は遠回りしてやっとたどりつく。
たいてい女の人は近道を知っていて
そこで待っているのよ。

* * *

理想郷は、はるかかなた
遠ければ遠い方がいい。

でもぼくの理想郷は、
マンションの8階のベランダから
入学祝いにもらった望遠鏡でのぞく天の川。
遠回りの旅に出かけるには、
まだこどもなのかもしれない。

あいつ、元気にしてるかな。
夏休みには、ぼくが望遠鏡を持って
遊びに行くよ。
同じ星を、一緒に見よう。

きっとそれが、近道だから。

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