Good Timing! 真堀橙子

私は、超能力を持っている。
人に話しても、偶然でしょ? と言われる程度の、ささやかな能力。

例えば、私がホームに着くのと同時に電車がやってくる。
信号に一度もひっかからずに目的地へ行ける。事故で止まるひとつ前の電車に乗れる、待ち合わせに遅刻すると相手も遅刻してる、寝坊すると講義は休講。

私のタイミングは、いつだって絶妙。トラブルが起きても、最終的には必ず丁度いい時間にたどり着ける。

でもたまに超能力が発揮されない時もあるので、人並みには気をつけてる。
特に、万が一にも遅れちゃいけないこんな日には。
目覚まし時計の針を十時に合わせて、何度も確認する。
明日は、高藤くんとの初めてのデート。駅前で十二時に待ち合わせて、一緒に映画を見る。まだ付き合ってはいないけど、立派なデートだ。

「眠れるかな……」
電気を消すと、時計のコチコチという音だけが響く。
高藤くんとは、大学のサークルで知り合った。同じ駅が最寄りだとわかって意気投合したのが仲良くなったきっかけ。
女子高出身の私にとっては、大事件だ。大学生になったらこんな事もあるかも、という夢想が現実になっているなんて。
寝付けないままに、夜が過ぎていく。

それでも目を閉じると、いつの間にか眠っていたようだ。
再び目を開けたときには、カーテンの隙間から陽の光が差し込んでいた。
目覚ましはまだ鳴っていないけど、早く起きる分には問題ない。私はカーテンを開けて背伸びをした。
一気に明るくなった部屋の中、目覚まし時計のガラス盤が光を反射してキラリと目を刺す。
時計の針を見て、私は呆然とした。一時ちょっと前を指している。
「……うそ」
鳴らなかったのか、鳴ったのに気付けなかったのか。どちらにしろ、待ち合わせの十二時を過ぎている。

用意していた服を慌てて着こんだ。
気休め程度に顔を洗い、乱暴に歯を磨きながら髪を整える。
なんとか眉毛だけ描くと、鍵を閉めるのももどかしく、転げるようにアパートの廊下に飛び出した。

「超能力め、今日に限って……」
駅までの道を、少し高めのかかとに苦戦しながら走る。

もし超能力がはたらいていてコレなんだとしたら、高藤くんも一時間の遅刻、ということになる。
でも高藤くんは真面目だし丁寧だし、大遅刻をするような人だとは思えない。まさか、何かあったんだろうか。
嫌な想像をしかけて、私は頭を振った。きっと、私の超能力がはたらかなかっただけだ。
そもそも超能力なんてホントはなくて、今まで運が良かっただけかもしれない。
今更ながらにそんな事を考えながら、駅前ロータリーをぐるっとまわって改札口へ走った。

改札前の花壇の縁に、高藤くんは座っている。切れた息をそのままに、私は彼に走り寄った。
「ごめんね、こんな時間に……」
高藤くんは、驚いた顔でこちらを見上げる。
「あれ、藤崎さん! 早いね」

早いというのはどういうことかと息を吸い込むと、ロータリーの時計が視界に入った。
「あれ……まだ、十一時?」
「ん? うん。落ち着かなくて、早く来過ぎちゃった」
なるほど。目覚まし時計は止まっていて、超能力は動いていた、ということか。
私は一気に脱力した。

「私、遅刻だと思ってて……時計止まってて……お化粧もしてなくて……」
それで走って来たのか、と高藤くんは笑った。そして、顔をそむけて小さな声で付け足す。

「化粧、そのくらいのほうがかわいい、と、思う」

そのくらいも何も全然してない……と言いかけて、友達に化粧が濃すぎて似合ってないと冗談めかして言われたことを思い出す。
あの時は、大学生になって突然変わった私をからかってるんだと思ってたけど。

「これを私に知らせたかったのか、超能力め」

「え? 何?」

「なんでもない」

恥ずかしそうな顔の高藤くんに、笑顔を返す。

今日も、私の超能力は顕在だ。
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